大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成12年(行コ)9号 判決 2000年11月21日

控訴人

甲山花子

右訴訟代理人弁護士

松山秀樹

藤原精吾

増田正幸

大槻倫子

被控訴人

尼崎労働基準監督署長

開發晋策

右訴訟代理人弁護士

藤本久俊

右指定代理人

黒田純江

外四名

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が控訴人に対して平成元年八月四日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金、葬祭料及び遺族特別支給金を支給しないとする処分を取り消す。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  原判決三頁一〇行目の「遺族補年金」を「遺族補償年金」と、一三頁七行目の「措置を取れっておれば」を「措置を取っておれば」とそれぞれ訂正し、次項以下のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」(原判決三頁七行目から二七頁末行まで)のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の主張

1  業務過重性の判断基準

(一) 太郎のように既に基礎疾患を有し、発症を見ている労働者についても、業務過重性が認められる限りは、業務起因性を認めることができ、この場合には当該労働者を基準に業務が過重であったか否かの判断がなされるべきところ、太郎の死因である急性肺炎は過重な業務の遂行に起因して生じた。

すなわち、太郎は、遅くとも死亡する数日前には直接の死因となった急性小葉性肺炎と化膿性肋膜炎に罹患し、診察した医師も休養・休業を指示している症状にありながら、夜勤の業務を続けたために右症状を増悪させたものである。

(二) また、太郎の行った業務は、同人と同程度の年齢の同僚を基準にしても過重なものであった。このことは、夜勤が一人であり、当時気温が相当低下した日が続いていたこと及び太郎よりも若年の同僚らにとってすら夜勤がつらいものであったことによっても明らかである。

2  治療機会の喪失

(一) 既発疾患を有する労働者が業務を遂行したために、自然的経過を超える症状の増悪を見た場合、業務の内容が特に過重なものでなくても、必要な安静を保つことが困難であるという客観的状況下に置かれていることをもって業務に内在する危険とみることができる。

(二) 当該労働者が医師の指示に反して健康管理を怠り、また必要がないのに無理をしたというのでない限り、通常の職場で期待される業務を継続した場合には、直ちに安静を保つことが困難な場合に当たるというべきである。

(三) のみならず、太郎の職場では、次のとおり、夜勤の交代が事実上困難な状況にあったから、前記(一)の、必要な安静を保つことが困難な客観的状況下にあった。つまり、毎週金曜日昼間のミーティングにおいて、次週の夜勤の交代を事前に申し出ることとされていたが、夜勤を交代した者は、交代した夜勤のみならず、本来予定されている夜勤をも行わなければならない仕組みであったことから、翌週の当番予定者は、二週連続で夜勤を続けなければならなかった。しかも、上司の林と部下との関係が悪いことが、夜勤の交代をさらに困難にしていた。そのため、事実上夜勤を交代して貰う者は極めて少ない状況にあった。加えて、上司の林は、連絡簿に、昭和六三年四月一六日(日曜日。以下日時の表示に当たっては年を省いて表示する。)に休日出勤があるが、よろしくお願いする旨、太郎に対し休日の夜勤を指示している。太郎自身、死亡の前々日である四月一三日医師から休業を指示されていたのに、同僚に交代して貰うことなく夜勤を続けたものである。

(四) 一人夜勤のため、太郎は、死亡の当日症状が悪化した際にも、救命されることもなく治療の機会を失って死亡した。

三  被控訴人の主張

1  業務過重性の判断基準

業務過重性の有無については、当該労働者と同程度の年齢、経験を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある同僚又は同種労働者を基準として判断されるべきで、太郎の死亡前の業務は、右基準に照らして過重なものではなかった。

2  労働不可避・治療機会の喪失

(一) 労働者が自らの疾病が判明した場合や体調不良の場合に休業を申し出て健康を管理することは、労働者の私生活の範囲内の自己責任に属する事柄である。

(二) しかし、当該業務の高度の必要性・当該労働者の非代替的役割及び当該職場の状況から、疾病を発症したにもかかわらず、継続して業務に就かざるを得なかったために、安静、休養をとれず、又は病院に行けずに治療の機会を喪失し、その結果、症状が増悪して死亡などの重大な結果を招来した場合には、以下のような要件を充足して初めて、業務に危険が内在しているものとして、業務起因性が認められるものというべきである。

(1) 症状の重篤性

当該疾病が直ちに入院を要する程度の安静と治療を要するほどの重篤なものであることが医学的に証明されていることを要する。

(2) 疾病発症等による重傷の体調不良の自覚及び他覚的症状

右の症状が発現して初めて、労働者は職場を離脱して安静・治療をし、使用者は対処することが可能となる。

(3) 業務の客観的重要性、非代替性

当該労働者の業務が、症状が発現しているにもかかわらず従事しなければならないほどの高度の必要性を帯び、又は他の労働者には行い得ないものであること、あるいは代替人員の確保が著しく困難であることなどの事由があって初めて労働不可避性があるといい得る。

(4) 症状の増悪ないし治療機会の喪失

就業せざるを得なかったために、その間に症状が悪化したことないしは治療の機会を喪失したことを要する。

(三) 結果回避可能性(因果関係)

業務起因性が認められるためには、業務を離脱し、軽減を図っていれば症状が増悪しなかったこと、又は治療を受けていればその後の結果発生を防止し得たことを要する。

3  本件における業務起因性の有無

(一) 症状の重篤性

太郎は、死亡の三週間前から肺炎に罹患していたので、この要件は満たす。

(二) 太郎における症状の自覚

(1) 太郎は、神田医院において四月一日から一三日まで合計五回にわたり診察を受けたが、当初は感冒性症候群、肝障害、糖尿病であり、最後の時点でも急性気管支炎、急性両扁桃腺炎であって、終始肺炎の診断は受けておらず、これに対する治療はされていない。

(2) 神田医師は、同月一三日、レントゲン検査の指示をしたのに、太郎が断っている。

(3) よって、太郎には、肺炎という重篤な症状に罹患している自覚が欠如していた。

(三) 業務の必要性、非代替性

(1) 太郎の従事していた給食の調理業務は、他の者が代替し得る。

(2) 太郎の職場は、昼勤の休業が可能である上に、夜勤の場合も交代の手続方法が定められており、現実にも交代がなされた場合があるほか、四月一三日朝には同僚が勤務を他の者に交代するように慫慂し、翌一四日には、別の同僚が一日くらいなら交代してもよいと申し出ており、交代可能性が確保されていた。

(3) よって、本件においては、業務の必要性、非代替性の要件が欠けている。

(四) 症状の増悪ないし治療の機会の喪失

(1) 三月末から四月一五日早朝の死亡までの業務従事期間中に太郎の症状の増悪はあった。

(2) しかし、太郎は、その間五回にわたり神田医院で診察を受けているから、治療の機会の喪失要件が欠けている。

(五) 因果関係

(1) 太郎は、死亡前に五回にわたり神田医院に受診しているにもかかわらず、神田医師が肺炎の診断・治療をしておらず、四月一日ないし三日の休業・休日及び同月九、一〇日の休日には休養していたのに、小葉性肺炎に罹患した。結局、太郎が右罹患に至ったのは、業務の過重性によってではなく、自然的な経過又は適切な遷延性肺炎に対する治療がなされなかったからである。

(2) したがって、太郎の症状増悪と業務の遂行との間には因果関係がない。

(3) 太郎に成人型呼吸促迫症候群ないし不整脈が発症してから同人が死亡するまでの時間は一五分ないし一時間であり、右の症状は致死性がある。

したがって、仮に本件において一人勤務ではなく、同僚が太郎の急変を発見できたとしても、同人が治療の機会を得て救命されたかどうかは不明である。したがって、仮に当日の急変について治療の機会喪失が認められたとしても、そのことと死亡との間には相当因果関係はない。

第三  判断

一  当裁判所は、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、理由があるから認容すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」(原判決二八頁二行目から五三頁五行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

二1  原判決二八頁三行目から二九頁五行目までを次のとおり改める。

「労災保険法一二条の八第二項が引用する労働基準法七九条及び八〇条にいう業務上の死亡とは、当該業務と死亡との間に相当因果関係のあるものをいうところ、労働災害補償保険は、保険料の主たる原資が事業主の負担する保険料とされている上、責任保険としての性格を有すること(労災保険法一二条の二の二、労働基準法八四条一項)からすると、当該死亡の原因が業務に内在し、随伴する危険の現実化と見られる場合に業務と死亡との間の相当因果関係が認められるものと解するのが相当である。そして、被災者の死亡等について基礎疾患等や既発の疾病が存在し、業務の遂行が右疾病による症状を、自然の経過を超えて増悪させて死亡などの重篤な結果を招来したような場合には、業務が当該業種に従事する一般労働者を標準として、過重されたものであるか又はそうでなくても、当該業務が職種自体あるいは人員配置などの職場環境から代替性がなく、就業を余儀なくされた結果適切な静養、治療を受けられなかったと認められる事情があるときには、右の業務遂行と死亡などとの間に相当因果関係があるものと認めるのが相当である。」

2  原判決三三頁四行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「さらに、菱田医師は、右の所見から、太郎が死亡時までにかなりの長期間にわたって持続的に呼吸器系の炎症性の病変に罹患していたと推定されるとし、このような病変に罹患している者が無理をして業務を続けていれば当然身体に負担がかかり、その病状は徐々に進行し、いずれは重篤な急性肺炎に罹り死亡しても不合理ではないとの見解を示している。」

3  原判決三七頁五行目の「又は細菌性敗血症による血液のアチドーシスからくる不整脈により、」を削除し、八行目の「病理解剖学的所見」から一〇行目の「採用できない。」までを「同医師もまた急性肺炎の死亡に対する関与を認めているのであるから、同医師の見解が右の判断を左右するものではない」と改める。

4  原判決四六頁一行目の「作業環境」から二行目までを「作業環境が劣悪だったとまでいうことはできない。」と改める。

5  原判決四六頁三行目から四七頁五行目までを次のとおり改める。

「8 右1ないし7で認定した事実のもとでは、太郎と同程度の年齢、経験を有する健康な同種業務に従事する労働者を基準とする限り、太郎の死亡に至るまでの勤務が過重勤務に当たるとまでいうことはできず、この限りにおいて、同人の死亡に業務起因性を認めることはできない。

しかしながら、前記(原判決「事実及び理由」の「第二の一の4」、「第三の二、三」)で認定説示のとおり、太郎の主な原因としては急性肺炎が考えられているところ、鑑定の結果によれば、鑑定人由谷は、解剖所見から、約三週間前から肺炎が肋骨炎の併発を繰り返しながら遷延していたものと考えられるとし、肺炎の遷延と死亡との関連性については、右遷延に加えて適切な治療及び休養等の一般的要素も考慮されるべきである旨の所見を述べていること、また、菱田医師も、解剖所見から、太郎が死亡時までにかなりの長期にわたって持続的に呼吸器系の炎症性病変に罹患していたと推定し、このような病変に罹患している者が無理をして業務を続けていれば当然身体に負担がかかり、その病状は徐々に進行し、いずれは重篤な急性肺炎に罹患し、死亡しても不合理ではないとの見解を示していること等の事情も存する。これらの事実に、太郎が死亡前に受診した神田医師が二回にわたって安静を指示し、最後の四月一三日には休業を指示していることをも総合考慮するならば、太郎は三月下旬から肺炎に罹患し、以後同年四月八日までの勤務及び同月一〇日夜から一五日明け方の死亡までの連続五夜にわたる夜間勤務が自然的経過を超えて、肺炎等の呼吸器疾患を増悪させたものと推認するに難くないものと認めるのが相当である。なお、鑑定の結果によれば、鑑定人由谷は、肝硬変、糖尿病及び高血圧等の疾患による心肥大つまり心不全が肺炎を遷延させる要因として関与していたと考えられるとの所見をも示しているが、これらの基礎疾患の要因と太郎の連続夜勤を含む業務の遂行とが相俟って右症状の増悪を来したからといって、右の結論を左右するものではない。

このように、一般に当該労働者の遂行した業務内容が過重な業務とはいえないときでも、その性質や当該時点における具体的遂行状況等から、客観的にみて、発病後直ちに必要な安静を保つことや治療を受けることが困難で、引き続き業務に従事せざるを得ないという状況に置かれていた場合には、その業務によって自然的経過を超えて増悪した疾病の結果による死亡等には、当該業務に内在する危険があるものとして、業務起因性を認めるのが相当である。

そこで以下、太郎の右肺炎等に罹患したと推定される三月下旬以降の業務が、その職種上又は当該時点における具体的遂行状況等から、客観的にみて、発病後直ちに安静を保つことや治療を受けることが困難で、引き続き業務に従事せざるを得ない状況に置かれていたか否かについて検討することとする。」

6  原判決四七頁末行から五三頁五行目までを次のとおり改める。

「1 証拠(乙第二二、第二三号証、第三五号証、証人福島壽禮、同林實の各証言)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。」

(一) 本件食堂業務に従事していた従業員は、林を長として、女性二人及びほかに男性五人であり、夜勤業務は概ね午後九時三〇分から翌朝六時までで、右の男性五人が一週間に一回連続五夜の輪番制で、五週間に一回の周期で行っていた。毎週金曜日のミーティングにおいて、次週の夜勤予定者が差し支えの場合にその旨を申し出ると、林が別の男性に次週の当番を割り当て、当日夜勤の直前に当番予定の者が都合により欠勤したいときには、林にその旨申し出ると林が一日だけ夜勤を行い、翌日以降は他の者に割り当てるといった仕組みになっていた。

(二) しかしながら、当該週の翌週に当番の者及び前の週の当番明けの者は、交代の日によっては、一〇日間ほとんど連続して夜勤を行わなければならず、さらに上司である林と太郎ら部下との間においては、必ずしも自由に交代を申し出られる雰囲気になかったこともあって、昭和六一年に林が本件食堂の担当に赴任して以来、林が記憶している交代は二件程度であり、うち具体的に記憶しているのは、当番予定者の父親の死亡時に母親が体調を崩した折に認めた一件にすぎず、実際には金曜日のミーティングにおいて夜勤の交代を申し出る者は皆無に等しく、当番交代のためのシステムは有名無実といってよい状況にあった。

以上の事実が認められる。

右で認定した事実に、前記で認定のとおり、太郎の死因と推定される肺炎等の症状が重篤なものであることによれば、その治療には、入院・自宅療養を含めて相当の日数を要するものと考えられることなどにかんがみるならば、太郎は、肺炎等の増悪の大きな一因となったものと推測される死亡直前における四月一〇日以降の五日間の夜勤の交代を申し出ることが客観的に困難な状況にあったものと認めるのが相当である。

もっとも、証拠(乙第二三、第二四号証、証人福島壽禮、同林實の各証言)によれば、本件食堂の従業員の一人駒田修が、四月一三日の朝、太郎に対し、他の男性従業員に夜勤を代わって貰ったらどうかと、さらに同月一四日の朝には福島が、太郎のつらそうな姿を見て、一日くらいなら交代してもよい旨申し出ていることが認められるけれども、太郎の右の時点における症状の程度はその程度の交代によって治癒するものとは到底認め難いというべきであるから、これらの事実があるからといって右の結論を左右しない。

また、証拠(乙第三五号証、証人林實の証言)によれば、林は、昼勤者から夜勤者への連絡簿に、原文のまま示すと「4/16日、休日出勤が有ります風邪いて大変ですがもう一日お願ひします。異常な時は連絡下さいまづは御自愛下さい。」と記載していることが認められるところ、右のメモは、四月一六日の休日出勤があることについて太郎の注意を喚起することに主眼を置いたものと解されるから、林が右の連絡をしているからといって、前記結論を左右するものとはいえない。

2 被控訴人は、業務起因性を肯定するための要件として、太郎の職種が高度のもので非代替性を有することと、太郎による症状の自覚を挙げるけれども、右で認定のとおり、当該職場における夜勤の具体的遂行状況から、客観的に見て、業務を交代することが困難な状況にあったために発病後直ちに、相当期間安静を保ち、かつ治療を受けることが困難で、引き続き業務を遂行せざるを得なかったことをもって、業務に内在する危険というに足りると解されるので、この点に関する被控訴人の主張は失当である。

3 また被控訴人は、太郎は神田医院に受診していたのであるから治療の機会を喪失していないとか、太郎の死亡が神田医師の不適切な治療に起因して生じたものであるから業務遂行と死亡との間に相当因果関係がないとか主張するけれども、太郎が結果として必ずしも十分な診察・治療を受けられず、相当期間の充実した静養・加療が得られなかったのも、回避が著しく困難な夜勤等の業務遂行の結果にほかならないというべきであるから、この点に関する被控訴人の主張もまた失当に帰する。

4 右で認定説示したところによれば、太郎の死亡について業務起因性を認めるのが相当である。」

三  以上によれば、太郎の死亡について業務起因性が認められないとしてなされた本件処分は違法であり、その取消しを求める控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は不当であるから取り消すこととし、訴訟費用の負担について民訴法六七条二項、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・根本眞、裁判官・鎌田義勝、裁判官・松田亨)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例